令和5年(行ケ)第10098号 審決取消請求事件(令和6年5月14日判決言渡)知的財産高等裁判所第3部(裁判長裁判官:東海林保)「衣料用洗浄剤組成物」事件

[本判決のポイント]

・進歩性の判断において、実施例で示された効果の程度に加え、明細書中での技術的意義の記載の有無も参酌され得る。

・サポート要件の充足性において顕著な効果までは必要とせず、つまりサポート要件の判断において進歩性の判断基準は取り込まれない。

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1.概要

原告:ザ プロクター アンド ギャンブル カンパニー

被告:ライオン㈱(特許権者)

内容:特許庁が無効2022-800049号事件について令和5年4月20日にした無効審判請求は成り立たないとの審決を取り消すことを求めた審決取消訴訟

2.本件特許(特許第6718777号)

発明の名称:「衣料用洗浄剤組成物」

<無効審判段階の令和4年8月25日付訂正後の特許請求の範囲(下線は訂正箇所)>

【請求項1】

(A)成分:アニオン界面活性剤(但し、炭素数10~20の脂肪酸塩を除く)と、

(B)成分:4,4’-ジクロロ-2-ヒドロキシジフェニルエーテルを含むフェノール型抗菌剤と、

(C)成分:下記式(c1)で表される化合物を含むアミノカルボン酸型キレート剤0.02~1.5質量%と、

(G)成分としてノニオン界面活性剤を含み、

(G)成分の含有量が、衣料用洗浄剤組成物の総質量に対し、20~40質量%であり、

(G)成分が、
下記一般式(I)又は(II)で表される少なくとも1種であり、
-C(=O)O-[(EO)s/(PO)t]-(EO)u-R ・・・(I)
-O-[(EO)v/(PO)w]-(EO)x-H ・・・(II)
(式(I)中、Rは炭素数7~22の炭化水素基であり、Rは炭素数1~6のアルキル基であり、sはEOの平均繰り返し数を表し、6~20の数であり、tはPOの平均繰り返し数を表し、0~6の数であり、uはEOの平均繰り返し数を表し、0~20の数であり、EOはオキシエチレン基を表し、POはオキシプロピレン基を表す。

式(II)中、Rは炭素数12及び14の天然アルコール由来の炭化水素であり、v、xは、それぞれ独立にEOの平均繰り返し数を表す数で、v+xは3~20であり、POはオキシプロピレン基を表し、wはPOの平均繰り返し数を表し、wは0~6である。)

(A)成分/(C)成分で表される質量比(A/C比)が10~100である

衣料用洗浄剤組成物(但し、クエン酸二水素銀を含有する組成物を除く)。

【化1】
(MOOC)(A-(CH)n-CHA)CH-N(CH-COOM)・・・(c1)
式(c1)中、Aは、それぞれ独立してH、OHまたはCOOMであり、Mは、それぞれ独立してH、Na、K、NHまたはアルカノールアミンであり、nは0~5の整数である。

※請求項3~5は省略(請求項2、6は上記訂正により削除)

3.経緯概略

①本件原告により本件特許の無効審判請求(無効2022-800049号事件)
②無効審判請求は成り立たないとの審決(訂正を認め、残っている全クレームについて進歩性等を肯定)
③本件原告により上記審決の取消しを求める審決取消訴訟提起

4.判決の内容(争点である進歩性等の認定についての判断概略、下線は筆者が付記)

 本件発明は、衣類が湿った状態で菌が増殖しやすい環境においても防臭効果に優れる衣料用洗浄剤組成物を提供することを課題とし、上記(A)成分、(B)成分、(C)成分、および(G)成分を上記量および量比で含有する組成物によりこれを解決したものである。

 そして、甲1発明と本件発明との相違点2((G)成分の相違点)について、本件発明の(G)成分である一般式(II)で表されるノニオン界面活性剤は、その規定および技術常識によれば、炭素数が奇数であるか又は分枝鎖を有する炭化水素基はそのRに該当せず、このような炭化水素基を有する化合物は、一般式(II)で表される化合物から除外されるものと認められる。他方、甲1発明の化合物は、炭素数が奇数であるか又は分枝鎖の炭化水素基を除外するものとは認められず、天然アルコール由来のものに限定されるとは認められない。以上によれば、相違点2は実質的な相違点であるというべきであり、これが形式的な相違点にすぎないとは認められない。

 しかしながら、従前から、洗剤に用いるAE(アルコールエトキシレート)は、炭素数12~15のアルキル基を有するものが主体であって、その炭素数12~15のアルキル基の原料として、油脂由来の偶数の炭素からなる直鎖の炭化水素基を有する天然アルコール(炭素数12及び14の直鎖アルコール)が石油由来の合成アルコールと同様に一般に用いられており、特に近年は、価格差が少なくなったことなどからこの天然アルコールが多く用いられるようになってきたことが本件出願日当時の技術常識であったと認められる。他方、天然アルコール由来の炭化水素と合成アルコール由来の炭化水素とで、いずれか一方が他方よりも衣料用洗浄剤の組成物に適しているとの技術常識があったとは認められない。さらに、本件明細書では(G)成分は本件発明の衣料用洗浄剤に必須の成分とは位置付けられていない。加えて、Rとして炭素数12及び14の天然アルコール由来の炭化水素が好ましいとの記載は本件明細書に存在せず、本件発明の(G)成分の一般式(II)においてRが炭素数12及び14の天然アルコール由来の炭化水素であるとされた理由は本件明細書の記載からは明らかでない。また、本件明細書に記載された本件防臭効果評価では、本件発明で特定された(G)成分に該当するG-2、G-2’及びG-3のいずれかを合計30質量%含む実施例6、7及び9ないし20が他と比べて一貫して優れた防臭効果を得られているとは認められず、実施例6、7、12などは、むしろ他よりも防臭効果が劣る結果となっている。以上のとおり、本件明細書の記載からは、(G)成分は含まれていてもよいという位置付けの成分であって、重要性が高くなかったものであり、本件発明で特定された(G)成分に該当するG-2、G-2’及びG-3についても、本件防臭効果評価において、これらの成分を用いた実施例が他の実施例に比べて優れた防臭効果を得られていないのであって、これらのことからすれば、本件発明において、(G)成分を一般式(I)又は一般式(II)で表される少なくとも1種であるとし、一般式(II)のRを炭素数12及び14の天然アルコール由来の炭化水素と特定したことについて、格別の技術的意義があるとは認められない。そして、天然アルコール由来の炭化水素と合成アルコール由来の炭化水素とで、いずれか一方が他方よりも衣料用洗浄剤の組成物に適しているとは認められず、どちらを選択するかについて格別の技術的意義があるとも認められないから、アルコールエトキシレート(AE)のC12ないし15(炭素数12~15)のアルキル鎖の原料として、近年多く用いられている、油脂由来の偶数の炭素からなる直鎖の炭化水素基を有する天然アルコール(炭素数12及び14の直鎖アルコール)を用いることは、当業者が当然に想起するものであるといえる。また、その効果も、当業者が予測することができた範囲を超える顕著なものであるとは認められない。

 一方で、本件明細書に記載された本件防臭効果評価では、本件発明の実施例に該当するものの防臭効果が「3点:異臭がやや強く感じられる」という程度であったとしても、一定の防臭効果が得られたことは、本件防臭効果評価の結果によって認められる。そうすると、本件発明の効果が予測できない顕著なものであったとはいえないものの、サポート要件違反の有無についてみれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らし、本件発明は、当業者がその課題を解決できると十分に認識できる範囲のものであり、かつ、発明の詳細な説明に記載されたものということができる。

5.考察及び実務上の留意点

 本件審決取消訴訟では、甲1発明に対する本件特許の進歩性判断において、主に、相違点である特定(G)成分の技術的意義およびその効果が争点となった。また、その実施例データから、サポート要件の充足性も争点となった。

 化学分野における組成物の発明においては、引例との差別化のために、構成成分やその含有量、量比で相違点を示し且つその効果(顕著な効果)を主張することが多くある。しかしながら、本件審決取消訴訟では、本件特許の明細書の記載から(G)成分を特定することに格別の技術的意義があるとは認められないと判断され、さらに、本件実施例データから特定(G)成分の配合による有利な効果(特定(G)成分の効果)も認められないと判断されて、被告の本件特許は進歩性を有さないため無効であると認定された。これは、化学分野の組成物の発明に関する進歩性判断としては厳しい内容であると思われ、今後の審査への影響(審査でも同様の傾向となる可能性)も懸念されるものである。よって、今後の同分野の組成物の出願においては、組成物を構成する各成分について、任意成分であってもその技術的意義(その成分の配合により発揮される有利な効果など)をできる限り詳細に記載するとともに、その成分の配合による効果等ができる限り明確にわかるような実施例の設計をする必要があると考えられる。各成分の含有量や量比などについても同様であり、その技術的意義の詳細な記載と、その有利な効果などがわかるような実施例の開示とが必要と考えられる。そして、化学分野においても明細書の一般記載における技術説明の重要度が高いことが本件から見て取れ、つまり、実施例データが充実していれば他は簡易な記載でも問題ないと考えるのは適切ではないと思われる。

 一方で、本件審決取消訴訟では、サポート要件の充足性において顕著な効果までは必要ないことも示された。これは、従前の多くの裁判例での判断(その判断基準の枠組みに進歩性の判断を取り込むべきではなく、出願時の技術水準等との比較はあくまで進歩性の問題として行うべきである等)と概ね同様の判断であり、権利者・出願人には比較的有利な内容であると考えられる。つまり、サポート要件の充足に関しては、得られている実施例データからわずかでも効果が発揮されている(課題が解決できている)と認められる範囲までクレームを拡張することが可能であると考えられる。

                            (2025.10.6 弁理士・水野基樹)

※本記事は裁判例の情報を提供するものであり,法律上の助言を含むものではありません。
※本記事に記載した内容は必ずしも当事務所の公式見解ではありません。

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