[本判決のポイント]
- 数値限定発明において、測定方法が周知ではなく且つ測定方法によって数値が変わり得るパラメータについて、明細書で説明されている測定方法とは言えない方法で被疑侵害品を測定した場合、その数値は構成要件充足性の判断材料とならない。
- 形状の規定について、その形状が解決する課題を考慮したとしても、明細書に記載や示唆のない構成にまで範囲を拡張する解釈はできない。
1.概要
原告:日本製紙クレシア(株)(特許権者)
被告:大王製紙(株)
内容:原告が、被告製品は原告特許を侵害しているとしてその差止等を求めた訴訟
2.本件特許(特許第6735251号、特許第6590596号、特許第6186483号)
《本件特許1(特許第6735251号)》
発明の名称:「トイレットロール」
【請求項1】
2プライに重ねられ、エンボスを有するトイレットペーパーをロール状に巻き取ったトイレットロールであって、
前記エンボスのエンボス深さが0.05~0.40mm、
巻固さが0.3~1.4mm、巻長が63~103m、巻直径が105~134mm、巻密度が1.2~2.0m/cm2であり、
前記トイレットペーパーの比容積が、4.0~6.5cm3/gであり、前記エンボス1個当たりの面積が、2.5~6.0mm2であるトイレットロール。
※請求項2~5は省略
《本件特許2(特許第6590596号)》
発明の名称:「ロール製品パッケージ」
<異議申立事件の決定後(訂正後)の特許請求の範囲(下線は訂正箇所)>
【請求項1】
フィルムからなる包装袋に、衛生薄葉紙の2plyのシートを巻いたロール製品を複数個収納してなるロール製品パッケージであって、
前記ロール製品が軸方向を上下にして一列に2個並べた段を2段重ねて前記包装袋に包装してなり、
前記包装袋は筒状のガゼット袋から構成され、前記ロール製品を囲む略直方体状の本体部と、前記本体部の上辺のうち、互いに対向する長辺から上方に向かってそれぞれ切妻屋根型に延びて接合された把持部と、を有し、
前記把持部には、ほぼ中央に上向きに非切抜部を有するほぼ長円の一つのスリット状の指掛け穴、又は上向きに非切抜部を有して横方向に沿って並ぶ二個の指掛け穴が形成されており、
前記ロール製品の巻長が63~103m、コアを含む1個の前記ロール製品の質量が200~370gであり、
(前記包装袋内の4個の前記ロール製品の質量)/(前記フィルムの坪量)が25~80(g/(g/m2))であり、
前記長辺から前記把持部までの前記包装袋の傾斜角θが25~45度であり、
前記長辺同士の間隔Wが105~134mmであるロール製品パッケージ。
※請求項2~5は省略
《本件特許3(特許第6186483号)》
発明の名称:「トイレットロール」
【請求項1】
2プライ積層したトイレットペーパーをロール状に巻き取ったトイレットロールであって、
前記トイレットペーパーにエンボスパターンを設け、
前記トイレットロールの巻長が63m以上105m以下、巻直径が105mm以上140mm以下、ロール柔らかさが0.4mm以上1.9mm以下であり、
前記エンボスパターンの深さが、0.01mm以上0.40mm以下であるトイレットロール。
※請求項2~5は省略
3.経緯概略
- ①本件原告により、本件被告の各製品(被告製品1~3)は本件特許1~3を侵害しているとして、その製品の製造・販売差止等を求める訴訟提起
- ➁本件被告により本件特許1~3の無効審判請求
4.判決の内容(エンボス深さおよび指掛け穴に関する構成要件充足性の認定についての判断概略)
《本件特許1、3について》
本件特許1の「前記エンボスのエンボス深さが0.05~0.40mm」(構成要件1B)の充足性について、このエンボス深さの測定方法は、本件明細書では、形状測定マイクロスコープを用いてエンボス周縁を特定し、このエンボス周縁から最長部aおよびそれと垂直な最長部bを特定してそこでの断面曲線Sを測定し、そこから輪郭曲線Wを計算し、この輪郭曲線Wの変曲点(上に凸となる曲率極大点)P1、P2で挟まれる部分の最小値Minと最大値Max(P1、P2の平均値)との差を算出し、任意の10個のエンボスについてこの測定を行って平均値を算出すると規定されている。
ここで、原告が各被告製品のエンボス深さを測定した測定方法(原告測定方法)では、略正方形状のエンボスにおける横方向の辺の長さを最長部aとしてエンボス周縁を決定している。しかしながら、仮にこのエンボスの形状が略正方形であるとしても、本件明細書でいう最長部aがその略正方形状の横方向の辺の長さとなるとは必ずしもいえない。また、前述のように、本件明細書では断面曲線Sで上に凸となる曲率極大点をP1、P2としているのに対し、原告測定方法では、P1、P2の具体的位置はワンショット画像によって決められており、上に凸となる曲率極大点は別に相当数認められる。そうすると、原告測定方法で測定された各被告製品のエンボス深さは、本件明細書に記載された方法で測定されたものとはいえない。
さらに、各被告製品のエンボスは、エンボス周縁の位置が明確に特定できるようなものではない。各被告製品は、各シートのエンボスの凹凸の位置関係を特に調整しないままプライボンディングした通常の2プライのダブルエンボスである。このようなダブルエンボスのトイレットロールにおいては、表面と裏面にそれぞれ付されたエンボスが重なるとは限らず、エンボスの周縁が一致することが保証されていないことから、エンボスの周縁が明確にならず、また、エンボスの凹凸の位置がずれることにより干渉し、その形状が明瞭でないエンボスが生じ得る。そうすると、そのようなエンボスが付された各被告製品のトイレットロールについてエンボスを10個選んで測定を行い、それらの平均値として一定の深さを求めたとしても、本件発明1におけるエンボス深さDが測定できたということはできない。
本件特許3の「前記エンボスパターンの深さが、0.01mm以上0.40mm以下」(構成要件3F)の充足性についても上記と同様である。
《本件特許2について》
本件特許2の「前記把持部には、ほぼ中央に上向きに非切抜部を有するほぼ長円の一つのスリット状の指掛け穴、又は上向きに非切抜部を有して横方向に沿って並ぶ二個の指掛け穴が形成されており」(構成要件2E)の充足性について、本件明細書等の記載から、この把持部は、その「指掛け穴」が既に「形成」されているものであることからも、その「形成」されている「指掛け穴」が「ほぼ長円の一つのスリット状」であり、また、そのほぼ長円の上部輪郭が非切抜部であると理解することができ、その「スリット状のほぼ長円」の上部輪郭の非切抜部を固定端とする片部がスリットの切り抜きにより上方に折り返されるものであるといえる。
一方、被告製品の包装袋のスリットは、その両端部がそれぞれ外側に湾曲して下方に向かい、終端が内側に位置しているから、被告製品においては、形成されている「スリット状」の「指掛け穴」の下部輪郭が「非切抜部」であるともいえ、その非切抜部を固定端とする片部がスリットの切り抜きにより上方に折り返されるものではない。また、このスリットは、その左右に上方への折り返しとなる頂点が存在せず、それ自体「ほぼ長円」を形成しているとはいえず、「スリット状」の「ほぼ長円」が形成されていないため、熱融着部の円弧が「ほぼ長円」の上部輪郭にあるとはいえず、これを構成要件2Eの「非切抜部」ということはできない。
※本件においては、本件特許1~3についての被告製品1~3の構成要件充足性だけでなく、無効理由(新規性・進歩性、サポート要件)、訂正の再抗弁、損害額など争点が多岐にわたるが、本件判決ではこれらの争点のうちトイレットロールのエンボス深さおよびロール製品パッケージ把持部の指掛け穴に関する構成要件充足性の判断のみが示された。
5.考察及び実務上の留意点
本件訴訟では、まず、被告製品の本件特許1、3の構成要件充足性判断において、被告製品のエンボス深さの測定方法(原告測定方法)が問題となった。なお、トイレットロールのエンボス深さの測定方法は当業界において周知ではなかったと認められ、さらにこのエンボス深さは測定方法によって数値が変わり得ると認められる。
被告製品のエンボスは、各シートのエンボスの凹凸の位置関係を特に調整しないままプライボンディングした2プライのダブルエンボスであり、エンボス周縁の位置が明確に特定できるようなものではないと認められるが、一方で、本件特許1、3の明細書で説明されているエンボス深さの測定方法では、その測定において、エンボス周縁を特定してから最長部a、bを特定することが必要となっていた。被告製品を測定した原告測定方法では、被告製品のエンボス周縁を明確に特定せずやや強引にエンボスを略正方形状と認定し、その横方向の辺を最長部aと特定していることから、本件判決の本件特許1、3についての判断は概ね妥当であると思われる。
なお、本件特許1、3の明細書等ではいずれも、シングルエンボスに限定したサブクレームの記載やシングルエンボスが好ましいという記載はあるものの、各シートのエンボスの凸面同士を内側にしてプライアップして2プライにしたダブルエンボスについても言及があり、その独立クレームでもシングルエンボスに限定していない。一方で、エンボス深さの測定方法については、図面の記載なども踏まえると、シングルエンボスでの測定方法のみが明細書で説明されていると認められる。本件特許1、3では、上記のように出願時からダブルエンボスを包含する権利取得を意図していたことは明らかであるため、この「エンボス深さ」については、少なくとも、シングルエンボスでの測定方法だけでなくダブルエンボスでの測定方法についても具体的に説明しておく必要があったのではないかと思われる。
数値限定発明において、新規性・進歩性の観点から、特殊なパラメータを特定する手段は比較的多く行われていると思われるが、その測定方法が問題となる場面は審査段階でも散見される。このようなパラメータについて、上記のように、出願時において複数の実施形態が想定されているのであれば、明細書中において、それぞれの実施形態での測定方法を具体的に説明しておくのが望ましいと考えられる。
次に、被告製品の本件特許2の構成要件充足性判断においては、被告製品の「指掛け穴」の構成が問題となった。
被告製品の包装袋の指掛け穴にあたるスリットは、その両端部がそれぞれ外側に湾曲して下方に向かい、終端が内側に位置しているため、少なくとも、本件特許2の「上向き」に非切抜部を有する「ほぼ長円」の一つのスリット状には該当しないと認められる。そして、本件特許2の明細書では「上向き」以外の非切抜部や、「ほぼ長円」以外のスリットについて記載や示唆はない。したがって、本件判決の本件特許2についての判断も概ね妥当であると思われる。
加えて、本件特許2の課題(長巻のロール製品をガゼットタイプの包装袋に収納したロール製品パッケージにおいて、持ち運び易く、かつ適度な巻き硬さを有するロール製品を包装した場合にロール製品が潰れ難く、包装袋内でロール製品を安定して保持できるロール製品パッケージの提供)および本件明細書中での説明を鑑みると、その把持部の指掛け穴において非切抜部を固定端とする片部を上方に折り返すことが課題解決(特に長巻のロール製品パッケージの持ち運びやすさ)に必要であると説明されていると認められる。被告製品はスリットの上部に円弧状のパターンが施されてはいるが、この形状は折り返しとは関連がなく、この被告製品の構成でも上記課題を解決できるとしても、これが本件特許2の指掛け穴を充足すると認定するのは困難であると言わざるを得ない。さらに、スリット形状の「ほぼ長円」は本件特許2の課題解決に必須な形状ではないと認められるため、このスリット形状については本件明細書中においてもう少し柔軟な記載ができたのではないかと思われる。
本件では異議申立手続の中で引例の開示を踏まえて指掛け穴の構成をより限定する訂正を行っていることからやむを得ない側面もあるが、出願時においては、解決課題との関係からどの程度必要な構成(形状等)であるかを十分に検討し、請求項や明細書での記載内容(構成の特定内容や実施形態の例)を決定していくのが望ましいと考えられる。 なお、本件については原告が控訴する方針と報じられているため、知財高裁での判断がどのようになるかも注目される。
2024.10.7 執筆者 水野基樹(弁理士)
※本記事は裁判例の情報を提供するものであり,法律上の助言を含むものではありません。
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