[本判決のポイント]
・構成要件充足性の判断において、その構成要件を確認・判断する試験の根拠となる前提が立証されていない場合には、その試験の結果をもって構成要件を充足すると判断することはできない。
1.概要
令和3年(ワ)第10586号 特許権侵害行為差止等請求事件(甲事件)
同 第10587号 損害賠償等請求事件(乙事件)
令和4年(ワ)第2853号 特許権侵害行為差止等請求事件(丙事件)
同 第2854号 損害賠償等請求事件(丁事件)
原告:東洋ライス㈱(特許権者)
被告:幸南食糧㈱(甲・乙)、㈱米匠庵(丙・丁)
内容:侵害訴訟
2.本件特許(特許第4708059号、無効審判での訂正後のクレーム)
発明の名称:「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」
【請求項1】
A 外から順に、表皮(1)、果皮(2)、種皮(3)、糊粉細胞層(4)と、澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され、該表層部の内側は、前記糊粉細胞層(4)に接して、一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と、該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の、純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において、前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で、摩擦式精米機により搗精され、表層部から糊粉細胞層(4)までが除去された、該一層の、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)が米粒の表面に露出しており、
B 且つ米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部が削り取られた基底部である胚盤(9)』が残っており、
C 更に無洗米機(21)にて、前記糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している『肌ヌカ』のみが分離除去されてなる
D ことを特徴とする旨み成分と栄養成分を保持した無洗米。
※A~Dは判決文中で示された構成要件の記号
※サブクレームは省略
3.経緯概略
① 被告らは本件特許権者の製品に係る販売代理店契約を締結していたが、平成27年初めにこの契約が終了。被告らは、この契約終了の数か月前から継続して被告製品を製造販売。
② 被告の一部は、この契約終了後、本件特許権に対して無効審判を提起したが、クレームの一部訂正がされ、さらに審決取消訴訟を経て、特許権維持の審決が確定。
③ その後、本件特許権者は、被告らが被告製品を製造、販売等することは本件特許権の侵害に当たるとして提訴。
4.判決の内容(争点である構成要件Aの充足性の認定についての裁判所の判断概略、下線等は筆者が付記)
原告は、亜糊粉細胞層(5)はデンプンと脂質をいずれも含有しているのに対し、糊粉細胞層(4)は脂質を多く含有するがデンプンを含有しておらず、澱粉細胞層(6)はデンプンを含有するが脂質をほとんど含有していないことを前提として、デンプン染色試験及び脂質染色試験の結果から、被告製品の米粒表面には亜糊粉細胞層(5)が露出している旨を主張する。
しかしながら、文献の開示や本件明細書の記載から、亜糊粉細胞層(5)及び澱粉細胞層(6)のうち第2層から第3層まで又は第2層から第4層までに脂質が含有されていることが示されており、その他の文献からも、玄米全体でみた場合において、澱粉細胞層(6)における脂質の含有率が相対的に低いことはいえるものの、澱粉細胞自体に脂質が含有されていないことを裏付ける記載はない。
そうすると、原告主張の「澱粉細胞層(6)はデンプンを含有するが脂質をほとんど含有していない」との前提自体が立証されているとはいえず、上記試験により、被告製品の表層部が脂質を含む細胞で構成されていることから、被告製品の表層部に亜糊粉細胞層(5)が露出しているということはできない(脂質含有試験についても概ね同様の判断)。
また、原告は、文献の開示から、その精米歩合が75%であることを根拠として被告製品の米粒表面には亜糊粉細胞層(5)が露出している旨を主張している。
しかしながら、他の文献の開示や一般的な精白米の精米歩合(90%程度)などから、精米歩合と残存する米の細胞層とが一対一の対応関係にあるものとも考え難い。
さらに、原告は、本件明細書の記載から、本件発明に係る無洗米は、白度が41ないし45であり、炊飯後の黄色度が13ないし18であることを前提とし、白度及び黄色度の試験結果から、被告製品の白度及び黄色度は前記範囲に含まれる旨を主張する。
しかしながら、本件明細書の記載によれば、亜糊粉細胞層(5)が米粒表面に現れる白度は、米粒、ロット等によって変化するものであり、対象とする米粒の白度は、白度計等を用いた試験搗精で確認する必要があること、すなわち、試験搗精で対象となる米粒を削り、白度が35ないし38の間で、亜糊粉細胞層が米粒表面に現れた時点の白度を特定する必要があり、白度が35ないし38の間にある米粒であれば亜糊粉細胞層(5)が露出したものであることを意味するものではないと理解される。
そうすると、被告製品の米粒の白度及び黄色度が本件明細書記載の白度及び黄色度の範囲内であることを示すにすぎないこの試験等から、被告製品の米粒表面に亜糊粉細胞層(5)が露出していることがいえることにはならないものというべきである。
また、原告は、亜糊粉細胞層(5)は特にタンパク質を多く含有することが知られているところ、被告製品のCBB染色の結果は完全精白米の結果と明らかに差異があり、一方で原告製品の結果と近似している旨を主張する。
しかしながら、証拠等によれば、糊粉細胞層(4)及び亜糊粉細胞層(5)のいずれにもタンパク質が多く含まれていることが認められ、一方で、CBB染色は、糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)のタンパク質量の差を染色色調の差として検出することができることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、CBB染色試験の結果からでは、被告製品の米粒表面に亜糊粉細胞層(5)が露出していることを裏付けることにはならないというべきである。
さらに、原告は、NMG染色の結果を比較し、被告製品の結果は完全精白米と差異があり、一方で原告製品の結果と近似している旨を主張する。
しかしながら、亜糊粉細胞層(5)をNMG染色した場合に青色とピンク色の中間的な色に染色されることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、NMG染色試験の結果、完全精白米の米粒はピンク色が強く染色される一方、被告製品の米粒はピンク色と青色が混ざった濃い紫色に染色されたとしても、直ちに被告製品の米粒表面に亜糊粉細胞層(5)が露出していることを裏付けることにはならない。
また、原告は、各試験の結果等から、被告製品の米粒表面に露出しているのは、亜糊粉細胞層(5)又は澱粉細胞層(6)のいずれかであることになるが、仮に、被告製品の米粒表面に澱粉細胞層(6)が露出していると仮定した場合、デンプン染色試験を除く試験等の結果と矛盾することになるから、被告製品の米粒表面には亜糊粉細胞層(5)が露出していることになる旨を主張する。
しかしながら、上記で述べた通りであり、各実験結果が矛盾することはない。また、本件明細書においても、亜糊粉細胞層(5)が現れたときの白度は米粒やロットにより差異があることは前提とされている上、米は自然物であるから、同一の品種であっても、生育環境が異なれば、米粒の各細胞層の大きさや、含有する成分に個体差が生じることになり、同一条件で搗精をしたとしても、米粒ごとに搗精の程度が異なるものと認められる。
以上のとおり、原告が実施した各試験を個別にみても、これらを総合考慮しても、いずれにしても被告製品の米粒表面に亜糊粉細胞層(5)が露出していることを認めるに足りず、被告製品は構成要件Aを充足しない。
※他に、構成要件Bおよび構成要件Cの充足性、無効理由の有無、および損害額も争点であったが、上記結論から裁判所はこれらについて判断していない。
5.考察及び実務上の留意点
本件訴訟では、被告製品の無洗米の米粒表面に亜糊粉細胞層(5)が露出しているかどうか(つまり本件特許の構成要件Aを充足しているかどうか)が主要な争点となった。
本件特許の明細書では、無洗米の米粒表面に亜糊粉細胞層(5)が露出していることの特定方法(つまり亜糊粉細胞層(5)の特定方法)について明示はなく、そのような無洗米は白度が41~45及び炊飯後の黄色度が13~18であることしか開示されていない。そして、従来のものにも黄色度13~18に炊き上がるものがあるとも記載されている。そこで原告は、この白度及び黄色度に加えて、デンプン染色試験及び脂質染色試験、脂質定量分析、CBB染色試験、NMG染色試験などの結果も用いて、被告製品の無洗米の米粒表面に亜糊粉細胞層(5)が露出していることを立証しようとした(おそらく顕微鏡観察では特定が難しかったと推定される)。しかしながら、裁判所は、その試験の前提となる『亜糊粉細胞層(5)はデンプンと脂質をいずれも含有しているのに対し、・・・澱粉細胞層(6)はデンプンを含有するが脂質をほとんど含有していない』や『亜糊粉細胞層(5)は特にタンパク質を多く含有することが知られている』という事項が立証されていないと認定し、白度及び黄色度についても、本件特許の明細書の記載からその数値は亜糊粉細胞層(5)が露出したものであることを意味するものではないと認定した。この裁判所の判断は概ね妥当であると考えられる。
本件特許では、旨み成分と栄養成分を保持した無洗米という物の発明を特定するためにその米粒表面の層構成を発明特定事項(構成要件)の1つとして規定しているが、食品分野における物の発明においては、審査段階において文献等に記載された公知品との差別化という観点でこのような構成特定が有効となることが多くあるものの、一方で、被疑侵害品の侵害確認においてこのような食品の一部構成の特定が困難な場合も多い。本件も、「無洗米の米粒表面に亜糊粉細胞層(5)が露出している」という構成が新規性・進歩性には寄与したと思われるものの、被告製品の特定・認定においては逆にネックとなったと思われる。本件においては、米粒表面の具体的な層構成は明細書中の記載とし、新規性・進歩性を確保でき且つロット等のバラツキもカバーできる範囲で、白度及び黄色度と、所定の試験方法によって測定される米粒表層の脂質含有量、デンプン含有量、タンパク質含有量等の数値範囲などと、を組み合わせてこの構成を特定した方が好ましかったのではないかと考えられる。
食品分野の発明に限ったものではないが、クレームや明細書の作成に際しては、新規性・進歩性の観点だけでなく、その発明特定事項(構成要件)が侵害確認の際に容易に特定できるかどうかについても十分に考慮すべきであると言える。特に食品分野の発明などにおいては、所定の試験方法・測定方法によって得られる数値の範囲などをクレームで特定した方が侵害確認の観点ではよい場合があるため、新規性・進歩性の観点も含めてトータルで検討し、クレームでどのような特定を行うのが最も望ましいかを決定する必要があると考えられる。
2025.6.9 執筆者 水野基樹(弁理士)
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