令和3年(ネ)第10037号 特許権侵害差止等請求控訴事件(令和7年5月27日判決言渡)知的財産高等裁判所第2部(裁判長裁判官:清水響)「止痒剤」事件

[本判決のポイント]

・医薬品の「有効成分」とは体内で溶出し薬理作用を発揮する化学物質を意味すると認められ、つまり本件特許の有効成分にはフリー体および酸付加塩のいずれも含まれると解釈でき、また出願経過で記載要件違反の指摘に対して説明なく欠落させた実施形態は意識的な除外とは認められない(争点1)

・延長登録された権利範囲の解釈は、処分対象物と医薬品として実質同一と認められる範囲の物まで及ぶと解される(争点4)

・独占的通常実施権者は、特許権者と共同事業又はこれに類する関係にあれば、実質的・経済的一体性がなくても固有の損害賠償請求権が認められると解するのが相当である(争点8)

判決全文はこちら

1.概要

原告:東レ㈱(特許権者)

被告:沢井製薬㈱、扶桑薬品工業㈱

内容:原審(東京地裁平成30年(ワ)第38504号,第38508号)の判決を不服とし、原告が被告に対して下記特許権の侵害に基づく損害賠償を請求した控訴事件

2.本件特許(特許第3531170号)

発明の名称:「止痒剤」

【請求項1】

下記一般式(I)

 [式中、・・・]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。

※括弧内の記載省略

※請求項2~36も省略

3.経緯概略

① 本件原告により、本件特許の存続期間が延長された期間において本件被告らが被告製剤を製造販売等した行為は、存続期間が延長登録された本件特許を侵害するとして損害賠償等の支払いを求めて提訴
② 被告製剤は本件特許を侵害していないとして請求棄却判決(原審)
③ 本件原告が上記判決を不服として知財高裁に控訴

4.判決の内容(争点1、4、8についての判断概略、下線は筆者が付記)

<争点1>本件特許の出願日以前に公開された文献等の開示から、本件特許の「有効成分」とは、体内(血中)で溶出し薬理作用を発揮する化学物質を意味すると認められ、本件特許においてこれと異なる解釈をとるべき理由は見当たらない。同様に、酸付加塩の形態は薬物の溶解性や安定性を向上させるための構成であると認められ、止痒作用自体を変化させるものではない(付加された塩の部分が体内で薬理作用を発揮する化学物質になるわけではない)。そして、本件特許の明細書等の記載によっても、酸付加塩の形態について、上記以外の技術的意義があることを認めるに足りない。また、本件特許の明細書等の記載および出願経過(記載要件違反の指摘に対する補正で「またはその薬理学的に許容される酸付加塩」の文言を欠落させているがその説明はないこと)から、上記欠落は意識的な除外とは認められない。よって、本件特許は、酸付加塩の形態をとるか否かにかかわらず、上記一般式(I)で表される化合物が生体内で「有効成分」として薬理作用を発揮する止痒剤と解するのが相当である。そして、被告製剤は、生体内において溶出して吸収され薬効を奏するナルフラフィンが、その酸付加塩であるナルフラフィン塩酸塩の形態で配合された医薬品であると認められるから、被告製剤は本件特許の構成要件を充足する。

<争点4>特許法68条の2の「延長登録等の理由となった…処分の対象となった物」の範囲は、延長登録の制度趣旨及び特許権者と第三者との衡平を考慮し、特許法の観点から合理的に解釈すべきものである。すなわち、特許発明の技術的意義及び政令処分の内容に照らし、これと医薬品として「実質同一」であると認められる範囲の物についての実施に限り、延長後の特許権の効力が及ぶと解するのが相当である。原告製剤と被告製剤は、ナルフラフィンを有効成分とする止痒剤という点でその技術的特徴及び作用効果が同一であり、かつ具体的な剤形も同一である。原告製剤と被告製剤のこれらの共通点や添加剤の意義に照らすと、原告製剤と被告製剤との添加剤における差異は僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たり、被告製剤は医薬品として本件処分等の対象となった原告製剤と実質同一なものに該当するというべきである

<争点8>民法709条の不法行為は、「法律上保護される利益」が侵害された場合に成立するのであり、被侵害利益が法律上排他性のある権利であることまでは要求されていない。本件においても、原告製剤の販売に関する鳥居薬品㈱(独占的通常実施権者)の利益が、その侵害者に対する関係で、不法行為法の観点から法律上保護される利益であると認められるときは、鳥居薬品㈱には当該利益を違法に侵害されたことを理由とする固有の損害賠償請求権が認められるというべきである。そして、鳥居薬品㈱は原告と共同事業又はこれに類する関係にあったのであるから、鳥居薬品㈱による原告製剤の独占的販売は、実質的には原告の事業の一形態であったと評価することができる(「実質的・経済的一体性」がある場合に限るべき理由はない)。これらの点から、本件特許権を侵害して被告製剤を製造販売していた被告らとの関係では、鳥居薬品㈱による原告製剤の独占的販売の利益は、原告の特許権に基づく独占的販売の利益と同様、不法行為法上、法的に保護される利益になると解するのが相当である。そして、鳥居薬品㈱が先発医薬品である原告製剤の販売者であることは公にされており、鳥居薬品㈱以外の販売者は市場に存在しなかったのであるから、後発医薬品である被告製剤を製造販売する被告らにおいては、少なくとも鳥居薬品㈱の法的に保護された利益を侵害することについて過失があったことが推認されるというべきである。また、被告らが新たに製造し、販売した医薬品が本件特許を侵害する製品である場合に消尽の法理の適用はない。

5.考察及び実務上の留意点

 まず、本件訴訟の争点1では、本件特許の有効成分の解釈(酸付加塩の形態を含むか否か)が問題となり、上記下線部に示すように、出願時の技術常識、本件明細書の開示、および本件出願経過の3点から上記判断がなされた。通常の医薬品においては薬理作用の観点で酸付加塩の形態に特別な技術的意義があることは少ないと思われ、本件も同様と考えられるため、酸付加塩の形態も本件特許の権利範囲に含まれるとした上記判断は概ね妥当であると言える。また、従前から記載要件への対応で除外した実施形態が意識的除外に当たるか否かについては論点となっているが、酸付加塩の形態について薬理作用の観点でそれに特別な技術的意義がない(進歩性などに寄与していない)のであれば、これが意識的除外とは認められないとした上記判断も概ね妥当であると言える。但し、原審ではこれについて逆の判断(酸付加塩の形態は非侵害であるとの判断)となっていることからもわかるように、本件訴訟を参考として、医薬用途発明の明細書やクレーム(出願経過を含む)で酸付加塩の記載を雑に行うことは勧められない。医薬用途発明の有効成分において、薬理作用の観点で酸付加塩の形態に特別な技術的意義がないならば、その点(および酸付加塩とすることによる薬理作用以外の有利な効果など)を明細書中に明記しておくべきである。本件ではフリー体と酸付加塩とが明細書中で厳密に区別されて記載されていなかったことが逆に功を奏したが、これらの薬理作用には変わりがない点も記載しつつ明確に区別して記載しておく方がより望ましいと言える。加えて、これも本件では補正で酸付加塩を欠落させる説明をしなかったことがかえって功を奏したが、記載要件への対応で酸付加塩を安易に欠落させるべきではないと言える。一方で、明細書の記載が不十分であった場合などでは、意見書での説明を最小限とする方策も検討の余地があると考えられる。

 次に、本件訴訟の争点4では、延長登録における特許法68条の2の処分対象物の解釈が問題となった。被告製剤は、有効成分であるナルフラフィン塩酸塩とともに薬理作用を示さない添加剤を含む(被告が特許回避のため意図的に行った処方である可能性も考えられる)ものであるが、その医薬用途だけでなく具体的な剤形も同一であることから、延長登録の趣旨や特許権者と第三者との利益バランス、従前の判例なども踏まえると、これも概ね妥当な判断であると言える。但し、剤形が同一でない場合に上記とは異なる判断がされた別の裁判例があることなどを考慮すると、本判決で示された「実質同一」の解釈は案件によって変わり得ると考えられ、剤形以外にも、例えば添加剤の技術的意義の内容によっては(例えばそれ自体は薬理作用を示さず有効成分の薬理作用を妨げることもないが有効成分の安定性など薬理作用に一定の影響を与える場合など)実質同一でないと判断されることもあると思われる。今後の裁判にも注意が必要である。

 さらに、本件訴訟の争点8では、損害額の算定において、実質的・経済的一体性がない独占的通常実施権者に固有の損害賠償請求権があるか否かが問題となった。本判決でも示されている通り、民法709条の不法行為における被侵害利益は法律上排他性のある権利であることまでは要求されていない。また、従前から独占的通常実施権者は固有の差止請求権まではないが固有の損害賠償請求権はあるとするのが多数説であり、本件では特許権者が特許製品を製造販売しておらず、鳥居薬品㈱以外の販売者は市場に存在しなかったことも踏まえると、独占的通常実施権者である鳥居薬品㈱の損害は特許権者の損害と実質的に同じであると言えると考えられ、特許法102条および103条の類推適用も含めて概ね妥当な判断であると言える。なお、本件では、後発医薬品の普及促進策の存在や価格差の存在等によって特許権者等が販売することができないとする事情があったとは認められないなどとも判断され、最終的には合計217億円余り(+遅延損害金)の高額な損害賠償が認められており、今後の医薬訴訟の動向にも影響を与える可能性があると考えられる。

                         (2026.1.5 弁理士・水野基樹)

※本記事は裁判例の情報を提供するものであり,法律上の助言を含むものではありません。
※本記事に記載した内容は必ずしも当事務所の公式見解ではありません。

関連記事

  1. 特許 「重症心不全の治療方法およびその薬剤」事件
  2. 令和3年(ワ)第10586号 特許権侵害行為差止等請求事件(令和…
  3. 令和5年(行ケ)第10098号 審決取消請求事件(令和6年5月1…
  4. 令和4年(ワ)第22517号 特許権侵害差止等請求事件(令和6年…
PAGE TOP